君は泣いているか

君は泣いているか

俺はオタク寄りの趣味な自覚はあるけども、ゲーマーであるがゆえにアニメはほぼ見ない。

かと言ってゲームでもシナリオもののいわゆる長篇大作は、絶対同時進行ではやらないし基本的に新作しかやらないので、常に絶え間なくプレイすることもない。

そうすると何が起きるかというと、俺は涙もろいのだが泣く機会が下手すると数ヶ月に一度レベルだなぁというのをこの動画を見て気が付いた。

何気なく見たこの動画。

ニコニコから転載と書かれているが、そういえば昔、ニコニコにハマっていた時はこういう感動する動画も見て涙していたっけ。(10年以上前ってことになるが)

この動画の元になってる映画も俺は全く知らなかったのだが、初見で泣けた。

この狐のお面を被った少年は、人間に触れたら消えてしまう妖怪だということは初見ではわからなかったけどラストシーンは涙せずにはいられなかった。

これを見て人生の教訓にもなると思ったことがいくつかあるが、その中でも2つ、これは特に重要だと思うことがある。

1つはやはり、当たり前の中に感謝と幸せを忘れてしまったら終わりだ。

この人間の少女と妖怪の少年の恋の物語は、少年が”人間には触れられない”という制約があったおかげで、手をつなぐ、抱きしめる、という恋人なら当たり前な最初の一歩のスキンシップすら”できない”。

数年越しの、たった一度の抱擁は、それがおそらく今生の最期の別れになってしまった。

ずっとお互いに好意を寄せ合っていたのに、こんな辛いことがあるだろうかと思わずにはいられないが、これを見た人はここから学ぶべきだと思う。

これを書いている現時点ではわたくし、残念ながら悲しいことに恋人はいないのであるが、天性の人柄の問題か、周りの人からよく人生相談を受ける。

よく人から相談をされる人あるあるだと思うのだが、例えば俺の場合、恋人がいないにも関わらず俺に恋愛相談をしてくる奴もごまんといる。

で、そういう訳でお悩み解決の経験値だけは豊富にあるのだが、例えばそういう恋の相談を聞いてても、この動画を見ろ!と言いたくなる。

他愛ない痴話喧嘩とか、告白しようと思うんだけどどうしようとか、何を明日以降も平穏な毎日が続くと勝手に錯覚しているのだろうか。

今日、今この瞬間に全力を賭ける。

お互いが生きて会えることがすでに奇跡である。

”当たり前”を当たり前のことと思って、そこにありがたみを忘れたら人生終了だ。

ハグすることすら一生にたった一度しかできない、最初で最後の悲しいハグがここにあるんだぞ!と見せつけてやりたいわ。

ハグなんていつでも好きな時に当たり前にできるぜ、なんてたるんだ思考をしているからそこから二人の関係がどんどんおざなりになって崩壊する。

一瞬一瞬、全てのことに奇跡のように感謝していたら、アホみたいなすれ違いなんてなくなるだろう。

それともう1つ。

これは特に、世の男性諸君に注意喚起したいのだが、”泣く”ことは大切である。

涙には感情をリセットすることができたり様々な恩恵があり、心にとって泣くことはいいことである。

ところが世の常識として、”男は涙を見せぬもの”なんてふざけた常識が蔓延している。

男は強くあるべし、強い男は人前で軽々しく泣かないのだ。

こんな腐った常識が蔓延してるので、特に俺なんかこれにもろ影響を受けていた時期があるので、男の涙=恥と捉え、泣くのを押し殺して生きてきた時期があった。

これは非常によろしくない。

涙も怒りもどんな感情も、きちんと感じるためにある。

それを感じた時に押し殺すクセ習慣を身につけてしまうと、それは不幸の始まりだ。

生きることとは、感情を味わうことである。

怒りや涙を恥と捉え、自分の感情を押し殺すようになったら、それはもはや生きているとは言えないのではなかろうか。

現代で鬱が蔓延するようになったが、ストレス社会だのなんだのという前に、こういう感情表現を自然にすることが”悪”という風潮が蔓延して、感情を殺すようになったからそんな病気が蔓延しているのだと思う。

実際、俺もリーマン時代に会社の同僚がうつ病になって激変したのを目の当たりにしたことがあるからわかる。

もともと、すごい明るいユーモアでよく喋る人だったのに、うつ病になった途端、顔から生気が消えてこっちが挨拶しても返答することもできない。

一切の感情を表現できなくなったみたいだった。

そう思うと、”感情表現できること”さえ、当たり前と思っておざなりにしていたら失った時にその大切さに気づく。

まぁとどのつまり、他人の視線を気にする人生なんて損ばかりということだ。

他人のことなんか気にせず、泣きたい時に泣いて笑いたい時に笑っている方が絶対に精神衛生的にもいい。

それが許されない環境、組織に属しているなら、そんなとこからは抜け出すべきだ。

自分がどこにいるかは、本来自由に選ぶことができる。当たり前のことだが。

原作ちゃんと見ろと言われるかもしれないが、すぐにネットで今回見た動画のあらすじを読んだ。

このヒロインは、狐のお面の彼が消えてしまった後でも、その町で暮らすことを決めてその町でできる仕事に就いたそうだ。

その愛の深さを思うと、とても尊いなと思うばかりだ。

いつかきっと、また再会できる日が訪れるといいなと思いを馳せつつ、それだけで涙が出る。

この季節に出会えて本当によかった作品だ。