心の声に従え→心の声が聞けませーん!!

心の声に従え→心の声が聞けませーん!!

スピリチュアルよりに”自分が本当にやりたいこと”を探求する方法に”心の声に従え”というものがある。

難しくいうと天命探求、わかりやすく現代風にいえば自分探しの旅で見つけようとする答えだろう。

どんな手法であろうと突き止めると結局のところ、”心の声に従え”ということを言われる。

言葉でいうと簡単だし、なるほどそういうことか!と思ってもそれで解決してできるようになる人は少ない。

そう簡単に天命は見つけられないと言えるかもしれないが、多くの場合、”心の声”を本当の意味で理解できていない。

まずほとんどの人が、思考を脳みそに支配されてしまっている。

こんなことをいうと、人間の体の器官で思考を司る場所は脳みそだろうが!と思うかもしれないが、半分正解で半分間違いというやつだ。

脳みそは文字通り、考えるための器官でしかない。

Aという場所に行きたいと思ったら、どうしたらそこにたどり着けるか考えるのが脳みその役割ということだ。

歩いていけるのか、車がいいのか、電車のほうが効率いいのか。

これらの選択肢の結論を導き出し、ルートを考え日程を調整するのが脳みその仕事だ。

そもそもその前段階の”Aという場所に行きたい”という思いは、脳みその役割ではない。

ここをはっきり認識していない人が”心の声”を聴けるようになるはずがないということだ。

じゃあ一体、一番最初の原点となる”Aに行きたい!”という思いはどこからわいてきたんだ!という話になると思う。

ここで一つ、興味深い研究結果があるのであなたにも知っておいてもらいたい。

あなたは日常で、自分の体を自在にコントロールして生活していると思う。

このブログを見る時だって、スマホであれPCであれ、何かの端末を自在に操作できなければ見ることはできない。

じゃあ、その”手”を動かし、もっといえば”目”を動かしているのはいったいどこの誰の意思でしょう?というお話だ。

何を愚かな。

手を動かし、見たい方向に目を動かしているのは全部脳みそがコントロールして行なっていることだ!と思うでしょうか。

実は最新の研究で、脳みそはただの感覚情報を収集するだけの器官で、脳が命じたから手が動くのではなく、”手が動いた”という情報を脳が認知しているだけだということがわかっている。

要は、脳が命じたから手が動いているのではなく、手のほうが先に勝手に動いているというのだ。

脳は後から、あ、今手がこういう風に動いたぞ、ということを遅れて認知しているだけにすぎない。

バカな!そんなこと言ったら一体、手は誰の意思で動いたというのだ!

という話になると思う。

”心の意思”だよ、というのが答えだ。

ここで、そんなわけないだろう!と否定している人が”心の声”に従えるようになることは断じてないと言える。

だって、今自分で心の存在を否定してますよね?という話だ。

じゃあ百歩譲って、心はどこにあるんだ!

というテーマになるとどんどんスピリチュアル的な深い話になってくるので、ここでは単純に一般的なイメージ通り、心はハート(心臓)に宿っているんだよ、と伝えておきたい。

だから頭で全ての行動の計画を立ててるような人はマシーン的だし、人間味が薄くなるし、そういう人が幸せそうにしているところを見たことがない。

幸せな人はえてして、純粋でピュアだ。

感じるままに生きているし、感じる中に幸せを見出している。

つまるところやはり、この名言にたどり着く。

『考えるんじゃない、感じるんだ。Don’t think.Feel!!』

ここで、じゃあ感じるってなんだ!って頭で考えると堂々巡りですよ笑

意識の場所を移すことがファースト・ステップ。

つまり、意識すべき場所は頭ではなく心臓。

心臓で感じることを大切にしてみてください、というのが究極のエッセンス。

で、じゃあ多くの人がそれでもすぐに心の声が聴けなくて、やっぱり自分にはわかりませーん!!とかいうんだけど、お前そんなん当たり前やろwという話。

自転車は補助輪なしで二輪だけで乗るもんなんだぞ、って教えられて、ハイそうですかってすぐできるようになりました?

脳みそが全てだと思い込んでうん何十年生きてきた人が、思考(というか感じる場所の中心)を頭じゃなくてハートに移してくださいって言われて、ハイそうですかってできると思ってるん?

絶対練習が必要だし、それは普段の生活の中でこれは心が望むことかな?って自分の内に意識を向けまくるしかない。

そしてもっと大事なエッセンスが、”実際にやってみる”。

これが究極。

結局いろんなところで言われる、行動できる奴が強いってことにここでも結びつくんだけど、要はそういうことだよ。

これは心の声だろうか。それとも頭で考えたことだろうか。うーん。

って、頭で延々と考えて何もしない奴が答えにたどり着けるようになるはずがない。

自転車だって、補助輪なしで乗るもんだと知って、そのための練習したから乗れるようになったでしょ。

練習せずしていきなり乗れた天才だったらそれは知らんけど、何事も実際にやってみる。

最初は失敗する。

だんだん上手くなる。

っていうプロセスでしょうが。

これ以上の方法なんてない。

知識だけでできることなんて所詮限られてる。

最後は実際に行動に移せた数が全てということよ。

で、心の声、心が望んだことかどうかはやってみれば自ずと答えがわかる。

心が望んだことをやってる時は楽しい。

そうじゃない時は楽しくない。

多くの場合、頭でこれは絶対やらなくちゃいけないとか、自分がやらないと迷惑がかかるとか、そんな動機がどっかにあるから。

あ、これは頭でやらなくちゃいけないと思ってやってるから楽しくないんだなって気づいてくるから。

もっというと、人生においての生きる意味、天命、生きがい。

こういうやつも結局のところ、自分で実際にやってみないとわかりませーん!!

これが答え。

やってみて楽しかったら続ければいいし、違ったらやめてまた新しいことを探すだけのことだよ。

自分探しで逆に人生の迷子にならないように、このことを意識して。

俺もやっちゃったからわかるけど、ついやっちゃうんだけど、人生の答えは外にないから。

結局、答えは全て自分の中にあるんだなぁ。