身勝手の極意を会得しようぜ!

身勝手の極意を会得しようぜ!

ふと唐突に、『身勝手の極意って無我の境地じゃね?』と閃いたカクリコンですこんにちは。

個人的にこの世で至高の漫画はテニスの王子様だと思ってる異端です。

なのでメジャー力では圧倒的にドラゴンボールには負けてるというのが一般的な見方だと思うのですが、ドラゴンボールの最新作で悟空がたどり着いた最強技って、テニプリの世界で超人クラスの入門として会得する技だぜ(ドヤァ

と、一人ドヤっていました。

悟空がようやくたどり着いた境地に、テニプリ界では何年も前に到達していたぜ、と謎の優越感を抱いているのですが、そもそもテニプリで初めて無我の境地が描かれた時、「これはスーパーサイヤ人のパクリだ!」と言われていたという謎の堂々巡り感。

が、さらに何様目線で評論するなら、いや〜、やっぱり最終的な境地はそこにたどり着くよなぁ、うんうん。

と、これまた一人、謎の満足感を得ていたりします。

まぁこの根底にある思想は、”人間が想像できることは、人間が必ず実現できる”という名言を支持しているからでもあります。

つまりアニメであっても、”アニメじゃない”ということです。

俺も、「あんなのはアニメで描かれていたことだろ」って笑う連中が嫌いな人です。

人がイメージできることは、実現できることだってなぜ信じられないのか。

まず第一に、ハナから信じることをせずに挑戦しないからだと俺は言い切ります。

この話をすると人によっては”厨二病”なんてバカにするのかもしれないが、それならそれで俺は大いに結構。

なぜ俺が身勝手の極意でも無我の境地でもいいんですけど、それは漫画で描かれた、ただの空想ではないと断言するのかというと、俺自身が一度だけ体現できたことがあるからです。

20代前半の俺は、あの頃は特にテニスの王子様で描かれた”無我の境地”に感銘を受けておりました。

そして、自分も会得したいとマジで思っておりました。

いつもどうしたら無我の境地にたどり着くことができるだろうと自分なりに思案していたある時、その機会は訪れた。

時は社会人1年目として就職した家電量販店の販売員の仕事をするようになって間も無く1年が過ぎようとしていた頃。

俺は、1年目(正確には1年経たずして)なのにすでに辞表を提出しておりまして。

まぁ端的に言ってそれが若気の至りだとしても、俺の居場所はここではないと思ったからサラリーマンをやめる決意をすでに実行に移しておりまして。

家電量販店の仕事は、当時その言葉はなかったように思うのですが今風にいうなら間違いなくスーパーブラック企業でした。

しかし俺は、その仕事が嫌で辛くて辞めたのでないのです。

ただ、俺の真の理想のライフスタイルはここで仕事していても得られないと思ったから去りゆく決心をしたまでで、今にして思えば体育会系のノリで当時の上司や先輩にむちゃむちゃシゴかれていたんですが、俺にあったのは”育ててもらった”という感謝の思いだけでした。

だから辞めるまでの最後の一ヶ月。

俺は育ててもらった恩返しは売り上げに貢献することしかないと思って、有終の美を飾るべく遮二無二仕事をしておりました。

で、当時勤めていた店舗で一日の売り上げ100万円を達成できていたのは、その店の売り上げ首位争いをしているエースクラスの先輩二人だけでした。

辞める前に何としてもそこに食らいつく。

その決心だけを抱いて、刻一刻と退社に向けてのカウントダウンが進む中、俺はまさに自分の全てを賭けて仕事に精を出しておりました。

家電量販店で一番売り上げを稼げるのは、当然に来客数の多い日曜日。

もうあまり後がない、とある日曜日。

その日の俺は、終わってみれば一日の記憶がほぼありませんでした。

完全にタイムリミットが近づいてきていた中で、ここを逃せばもうチャンスはない。

そんな”覚悟”だけがあったと思います。

昼休憩さえ、取ったかどうか記憶にない。

ただひたすらに、接客につぐ接客を繰り返し、必死に販売を続けたすえ、気がついたら閉店して電気の消えた店内にいた。

そんな状態でした。

で、なんとなく。

これは売り上げ達成できたという予感だけがして、業務用端末でその日の自分の売り上げを確認してみる。

無事に見事に達成できていた。

ちなみにこの個人で日商100万円という記録。

いつも首位争いしている先輩二人はすでに歴10年以上のベテラン社員でお得意様のお抱え顧客もいて、いわゆる家の家電丸ごと注文みたいなのをちょくちょく受けていたから達成できていた。

おまけにもっというと、ベテラン権限でめっちゃ値引き販売していたので、そりゃ売上も上がるわな、という状態だった。

対する俺は当時PCコーナーに配属されていて、基本的に売れるのはパソコンだけだった。

新人だから大して値引きすることもできず、ほぼ販売価格そのままでパソコンだけをひたすら売りまくってこの記録を達成できたのは自分で自分を褒めてあげたい。

俺が無我の境地を発動できたと思える体験は今のところ、後にも先にもこの時の出来事だけなのだが、あの時の俺はまさに”我を忘れて仕事に熱中していた”。

結果を出すことが育ててくれた恩師たちに対する最大の恩返しだと思い、絶対に結果を出したかった。

その思いの強さと、刻限が迫り追い詰められた状況がマッチして発現できたと自負している。

自在に使いこなすところまで会得できていないのは事実だが、しかしあの体験は俺にとって本当に貴重だった。

あれがあったから、”人間が想像できることは、人間が必ず実現できることである”という名言も確かに信じることができる。

あんなのは漫画で描かれていた、ただの妄想だ。

そんな風に思ってしまったら終わりだ。いや、人生がもったいない。

もしかしたら、それは俺にできるかもしれない。

あるいは憧れたことなら、できると信じて追いかけてみて欲しい。

その気持ちが最初の一歩となって、奇跡だって可能にするんだって、俺はそう思っている。