そう…僕がニュータイプだ。〜覚醒を信じられない人よ〜

そう…僕がニュータイプだ。〜覚醒を信じられない人よ〜

そう、僕がニュータイプだ。

面と向かってこんな自己紹介をしたら、現実ではドン引きされるでしょうね。

ガンダムXという作中では、堂々とこんな自己紹介をした人がいましたが。

かくいう俺は、自分で自分をニュータイプだと思っております。

自惚れとか錯覚とか、頭イっちゃってる痛い奴、なんて評価をされるかもしれませぬが、当の本人は至って真面目です。

本気で自分をニュータイプだと思っているし、ニュータイプは現実にも実在すると思っている派です。

そんな派閥が存在するかは置いといて。

ただ、ここでいうニュータイプとは作中の言葉を借りるなら、”エスパーではないが、洞察力、直感力、共感力に優れる人”である。

エスパー>ニュータイプ>一般人

という位置付けだ。

では、現実にエスパーなんて人がいるのかという話だが、これは信じる信じないの部分も大きくなるのかもしれない。

現代でいえばスピリチュアルというカテゴリーに属される人たちの中に、いわゆる霊能力に優れる人たちがいる。

見えざるものを見える、感じる、扱える人たち。

俺はこういった人たちにもたくさん会ったことがある。

現実に目の当たりにしたことがあるゆえに、エスパーと呼べる人たちもいるんだろうなと思っている。

だいたい、こういう概念を批判する人たちは霊能力者たちにも会ったことのないような奴らばかりだ。

だから、俺はそういう批判をしているような連中の声には耳を傾けない。

自分では扱えない領域だが、エスパーみたいな人種は実在するんだろうなと理解し、納得している。

そして自分自身、エスパーには及ばないながらも洞察力、直感力に優れている自覚がある。

それゆえに、”僕はニュータイプだ”と自負しているのである。

ガンダムという作中では、人は宇宙に出ることでニュータイプに覚醒すると作中の中の一部の人が言っていた。

だが、諸説あるがガンダムという作品において最初に登場してアムロとシャアにも多大な影響を与えたニュータイプ、ララァという少女はインド出身である。

そして、逆襲のシャアという作品に登場した卓越した才能を持ったニュータイプ、クェスもまた、地球生まれだ。

このことから、ニュータイプに覚醒する条件は必ずしも宇宙に出ることではないとわかる。

俺が思う、ニュータイプの条件の一つは”信じる心”だ。

見えないものを信じる心を持たなければ、まずニュータイプにはなれない。

そういう意味では、スピリチュアルを批判して聞く耳持たないような人間はそれこそがオールドタイプであり、そのような人間がニュータイプに覚醒できることはないだろう。

世の多くの人間がオールドタイプなのも納得できる。

原作者の富野さんが最終的に定義したのは、”人を大事にできる”だった。

これはつまり、人の可能性を信じることができる人のことをいうんだと思う。

可能性なんて、まさに見えないものだ。

そして、富野さんが最高のニュータイプだと定義したのはカミーユ・ビダンという人物だった。

人の可能性を信じて、作中でもある種、イタコのように自らの肉体に死者の魂を呼び寄せるようなこともやってのけた。

ニュータイプからエスパーレベルまで覚醒してのけたいい実例だと思う。

だがしかし、ここで一つの疑念が生じる。

富野さんのいう、”人を大事にする”という条件では、ジュドーなどはまさしくそうであると言えるが、彼らと敵対したシロッコ、ハマーンたちが合致するとは思えない。

シロッコ、ハマーンもまた、優れたニュータイプとして描かれていた。

だが、彼らはどちらかというと独裁的で、人類全てを大事にしようなどとこれっぽっちも思っていなかったはずだ。

ゆえに俺は、本当の条件は”信じる力”だと思っている。

シロッコやハマーンが優れた能力を発揮できたのは、自分の力、才能を強烈に信じきっていた。

自身にニュータイプとしての資質があることも十分に理解し、その才能を誇りに思う、もしくは悪くいえば過信するレベルに信じていた。

これが、ニュータイプ足りうる一つの条件だと思う。

見えないもの、可能性や自身の才能を信じることができることが大前提の条件である。

そして俺は、ニュータイプに覚醒するにはもう一つ条件があると思っている。

なぜなら、ガンダムという作中にも人工的に作り出されたニュータイプ、強化人間というのが登場する。

ニュータイプが優れた能力を持つので、人為的に作り出すことができないかと実験されて作り出されたものだ。

ということは、ニュータイプは人為的にも作り出すことができる。

どうやって?

俺は、その条件が”ショッキングな出来事”だと踏んでいる。

自然に覚醒したニュータイプも、そのきっかけは愛する人の死を目の当たりにするなど、ショッキングな出来事を通じて真のニュータイプへと覚醒している。

そして、作中で登場した実験に成功した強化人間たちもまた、記憶を操作されてショッキングな出来事を体験している。

一番わかりやすいのがロザミア・バダムではないだろうか。

彼女は、記憶改変でコロニーが落ちてくるというとてつもない恐怖心を与えられて強化人間として覚醒した。

その代償に、兄と思い込んだ存在に依存しないと精神が保てないほどに半狂乱となってしまったが、ニュータイプと同等の資質を得るには至った。

だが、これは安定して覚醒できないという点では成功と呼べないだろう。

その後、作中での時系列が進むにつれ研究も進み、のちに登場した強化人間、ギュネイ・ガスという人物はその点、精神的にはすごく安定していた。

突然、発作的に取り乱すようなことはなくなった。

では、ギュネイはどのような強化人間であったかというと、自身の才能を強烈に信じるタイプの覚醒をしていたと思う。

自軍の大将であるシャアさえも超えてみせると自負していた。

だがここで俺は、人為的ニュータイプを安定させるという点で見れば成功していたと評価する。

つまり、大切なことは己の才能を信じるという心だ。

信じる心。

人生においてショッキングな出来事を体験する。

これらを通じることで、現実世界においても人はニュータイプへと覚醒できると俺は思っている。

アニメじゃない、のだ。

アニメの世界だけで描かれている、絵空事ではない。

そもそも、人が想像できることは必ず実現できることだ、という実在する人物による名言も存在する。

何故!それを信じられない!!

俺はそれを、声を大にして言わせてもらう。

現実でも人はニュータイプに覚醒できると、何故信じられないのか!!

それをできた人から、俺は覚醒していくと思う。

人がニュータイプに覚醒できると何がいいのか。

お互いを分かり合えることだ。

相手の本質がわかるようになる。

言葉で誤解し、言い争いから無駄な喧嘩、果ては戦争に繋がることがなくなるだろう。

ニュータイプに覚醒することで、人類は変わっていけるだろうと俺も思う。

それと、俺が人生で成功する人の条件にしていることにも通じる。

人は変われるか?

この問いに対する俺の答えは、ショッキングな出来事を通してしか変われないと思っている。

しかしそれは、人生の成功にも繋がりうる大きな変革となる。

だから、冒険することを恐れないで欲しい。

恐怖に怯えて何も行動しない人は、何も得られない。

ショッキングな出来事を通じて人は変わっていけると信じることができたなら、行動する恐怖もいくらか減るはずだ。

この先何が起きようと、災い転じて福となる。

これを知っていれば、恐れることもなくなるはずだ。

どんな絶望からも、むしろ、絶望を経験するからこそ、人は変わっていけるのだ。

失恋さえも、人生というスパンで見ればそれが成功の源となり、果てはニュータイプに覚醒するトリガーにすらなり得る。

そう思えば、大恋愛をすることを躊躇しないで欲しいし、傷つくことを恐れて行動を控えないで欲しい。

それが例え最悪な結果に終わろうとも、それは人生というスパンで見れば最悪な出来事だけで終わることは、決して、ないのだから。