坂本真綾さんのやさしさに包まれたなら

坂本真綾さんのやさしさに包まれたなら

最近は朝に坂本真綾さんの『やさしさに包まれたなら』を聞くのが日課のカクリコンですこんにちは。

まぁ元々はユーミンの曲なんですけども、個人的に真綾さんのカバー曲に聞きなれたらこっちの方が好きだな、と。

FGO好きとしてはまんまジャンヌの歌声にも聞こえるし、ガンダム好きとしてはルナマリアの歌声に聞こえるし、こんな素敵な声の持ち主と結婚できるなんて鈴村健一さん羨ましいな、と(マテ

もう10年以上も前かな、超人タイツジャイアント見てた時期があった身としては、あんな下ネタしか言わない人が(マテ

 で、閑話休題。

わたくしはこの『やさしさに包まれたなら』って、すんごい曲だと思ってるんですよ、その歌詞が人生のヒントになる的な意味で。

この曲に繰りかえし出てくる”全てはメッセージ”。

これは非常に大切だと思ってます。

自分の人生にとって。

もちろん、これを読んでくれているあなたにとっても、そうなって欲しいなと解説したいと思います。

この歌詞でも言われてるように、日常の身の周りに起きる出来事は全てメッセージなのです。

誰からの?

神様からの。

なんのために?

人生をより良くするために。

”神様からのメッセージ”なんて言うと、一気にきな臭く感じる人もいるかもしれないし、現代ではそういう思想の人をスピリチュアル、なんて呼ぶのかもしれない。

しかし俺からすると、この歌をジャンヌ・ダルクの声を演じてる人が歌ってる、ってだけでそこに妙な神秘性すら感じるくらい、要は偶然に思えることは偶然じゃありませんよ、ってこと。

偶然に起きたと思っていたことを、もしかしてこれは偶然じゃないとしたら、どんな意味があったんだろう?って考えてみると、人生をより良くする気づきが得られると思ってみて欲しい。

FGOというより、史実の実際のジャンヌ・ダルクは元々はなんの変哲もないただのしがないちっちゃな村の村娘だった。

でも、信仰心だけは人一倍あったようで、神様へのお祈りだけは欠かさなかった。

そんなある日、大天使ミカエルっていう天界ではかなり偉い天使の声が偶然に聞こえてしまったが故に、しかもそれを信じて行動に移したが故に、フランスを救国に導いた救世主になることができた。

本人がそんなことまで望んでいたかどうかは別として、祖国を救いたいという思いはあったと思う。

スピリチュアル、ってレッテルを貼っちゃうとそんなの迷信だよって信じない人も多いんだけど、実際に史実に名を残している人がこのような偉業を成し遂げているんだから、そういう意味では信ぴょう性はあると思う。

もちろん、ジャンヌ・ダルクだって最初に啓示を受けた時に、今のは空耳だったかしらとか思って本人がそれを信じなかったり、自分にはフランスを救うなんてそんな資格はないって怖気付いてしまったら、歴史は変わっていた。

そう思うと、自分の身の回りに起きたメッセージに気づいて、それを実際の行動に変えるっていうことが自分の人生を変え、はたまた歴史すら変える可能性があることだって気づいてもらいたい。

神とかメッセージと言うと、信じる信じないの雰囲気が強くなっちゃうんだけど、身の回りに起きる全ての出来事を学びに変える人は日本にもいた。

FGOだとなぜだか女体化してしまっている、かの剣豪、宮本武蔵の残した名言に『我以外、皆我が師』という教えがある。

あの大剣豪が、自分以外の全てのものが自分の師匠であると言っているのである。

ちなみにここでの”自分以外”とは、何も人間に限らない。

道行く道中に生えている草、雑草にすら、師匠と敬意を込めてそこから何か学びを得るという、すんごい学びの姿勢である。

俺自身、宮本武蔵のこの名言を知った時から自分自身の教訓にしてきた。

やはりそうして生きてきた結果、同じ現象、同じ景色を眺めていても、そこにいる誰よりも深く色々な物事に気づき、学ぶことができてきたと思う。

そう、『我以外、皆我が師』という精神でいると、とにかく色んなことに気づく力がまず半端なく良くなる。

道行く草にさえ敬意を払おうと思えば、自然と空間すべてに意識を向けるようになる。

些細な見落としもなくなり、例えばこんなところに綺麗な花が咲いていたかと、ささやかながらに人生の幸福度も上がる。

そして次に、そういう姿勢でいると自分の学びももちろん深くなるのだが、相手の印象も良くなる。

例えば俺がサラリーマン時代、勤めていた会社の社長はワンマン気質で喋り好きだった。

一度話し始めると、マジで軽く一時間は延々と話し続けるような自慢話の塊マウススピーカーだった。

で、俺以外の同僚の誰もが社長の長話を嫌って、話しかけられるといつも嫌そうな表情をして聞いていた。

しかし俺の場合、その会話の中からも学んでやろうという心持ちで話を聞いていたので、やはりその度に気づきがあったし、聞く姿勢が周りの連中とは明らかに違う。

社内政治的な見方をすればともすると、社長にゴマをすっているとも取れなくもないかもしれないが、会社勤をするなら社長に媚び売っておいて悪いことなどあるはずもなし。

自分の学びも深まり、社長の評価も上げることができると思えばまさに一石二鳥である。

他の人は嫌そうに(長話早く終われ…)と思いながら話は右から左に聞き流していても、結局1時間拘束されるのである。

だったら、いかにその時間を有意義なものに変えるかという意味でも『我以外、皆我が師』の精神で絶えずいることは、その後の人生を大きく左右すると言っても過言ではない。

何気なくダラダラ過ごすか、瞬間瞬間、いつも学びを得ている人では、時が経つにつれてその実力差は雲泥の差になるというものである。

というわけで、俺としては『全てはメッセージ』=『我以外、皆我が師』だと思っている。

どちらでも自分にしっくりくる価値観を取り入れて、ぜひ、何気ない日常を学びのパラダイスに変えてみて欲しいと思う。

それがゆくゆくは、人生の幸せにも繋がるのだから。